応仁の乱が起こる (日本史015)
足利8代将軍足利義政のとき、将軍家、管領家の相続争いが起こり、さらに、将軍の権威の衰えに乗じて、守護大名が勢力を増していった。 幕府では、細川勝元と山名持豊が対立した。
そして、1467年(応仁元年)に、京都で戦いが始まり、11年余り続いた。これを『応仁の乱』という。
応仁の乱の最中に、将軍、足利義政は引退した。応仁の乱の後、実力の低いものが上位のものをしのぐ、いわゆる『下克上』の風潮が広がった。
この下克上の風潮にのり、守護大名を打ち倒してのし上がったものを戦国大名という。戦国大名は各地に起こり、領地を広げようとして、近隣との戦乱を繰り返していった。こうした戦乱は応仁の乱後、再び天下が統一されるまで、およそ100年間続いた。この約100年間のことを『戦国時代』と呼ぶ。
歴史的なできごと…『応仁の乱が起こる』
起こった年号…1467年
年号の覚え方
その1…人世むな しい 応仁の乱
その2…意思むな しく 応仁の乱

そして、1467年(応仁元年)に、京都で戦いが始まり、11年余り続いた。これを『応仁の乱』という。
応仁の乱の最中に、将軍、足利義政は引退した。応仁の乱の後、実力の低いものが上位のものをしのぐ、いわゆる『下克上』の風潮が広がった。
この下克上の風潮にのり、守護大名を打ち倒してのし上がったものを戦国大名という。戦国大名は各地に起こり、領地を広げようとして、近隣との戦乱を繰り返していった。こうした戦乱は応仁の乱後、再び天下が統一されるまで、およそ100年間続いた。この約100年間のことを『戦国時代』と呼ぶ。
歴史的なできごと…『応仁の乱が起こる』
起こった年号…1467年
年号の覚え方
その1…人世むな しい 応仁の乱
その2…意思むな しく 応仁の乱
キリスト教の伝来 (日本史009)
1549年、イエズス会の宣教師で、スペイン人のフランシスコ=ザビエルが鹿児島に着き、日本に初めてキリスト教を伝えた。
その後、多くの宣教師が来日し、各地に協会や宣教師を養成する学校を建て、布教活動に努めた。
また、病院・孤児院(こじいん)・養老院(ようろういん)などもつくり、社会事業にも貢献しながら、布教した。
注意:ザビエルはポルトガル人ではなく、スペイン人!!
歴史的ことがら・・・・「キリスト教の伝来」
起こった年号・・・・1549年
年号の覚え方・・・・以後よく 広がるキリスト教

その後、多くの宣教師が来日し、各地に協会や宣教師を養成する学校を建て、布教活動に努めた。
また、病院・孤児院(こじいん)・養老院(ようろういん)などもつくり、社会事業にも貢献しながら、布教した。
注意:ザビエルはポルトガル人ではなく、スペイン人!!
歴史的ことがら・・・・「キリスト教の伝来」
起こった年号・・・・1549年
年号の覚え方・・・・以後よく 広がるキリスト教







