墾田永年私財法の制定 (日本史020)
当時、重い税や兵役の義務に苦しんでいた農民たちは、戸籍をいつわったり、逃亡して貴族や大寺社の私有民になったりした。また、人口が増え、口分田が不足していた上に、重い負担から、農民が土地を捨てて逃亡したため、口分田が荒れていった。
朝廷は、口分田の不足をおぎない、開墾をすすめるために、723年、三世一身(さんぜいっしん)の法を出し、期限付きで土地の私有をゆるしたが、期限付きの三世一身の法では、やがて土地は荒れ、開墾奨励の効果も少なかった。
そして、743年、開墾した土地の永久私有を認める「墾田永年私財法」が出された。こうして、律令国家の基本である『公地公民制』がくずれた。
貴族や大寺社は、私有民をつかって開墾をすすめ、私有地を増やしていったが、こうしてうまれた私有地のことを荘園という。
やがて、この荘園を守るために、私有民に武装させることになるのだが、この武装した者たちが、その後力をつけ、いわゆる『武士』が誕生していくことになる。
その後、豊臣秀吉がおこなった『太閤検地』(1582年)によって、荘園は完全に消滅し、全国の土地は、武士が支配することとなるのであった…。
歴史的なできごと・・・墾田永年私財法の制定
起こった年号・・・743年
年号の覚え方
その1…永久に制限 なしさ 墾田の私有 )
その2…名より身 をとる 墾田永年私財法
朝廷は、口分田の不足をおぎない、開墾をすすめるために、723年、三世一身(さんぜいっしん)の法を出し、期限付きで土地の私有をゆるしたが、期限付きの三世一身の法では、やがて土地は荒れ、開墾奨励の効果も少なかった。
そして、743年、開墾した土地の永久私有を認める「墾田永年私財法」が出された。こうして、律令国家の基本である『公地公民制』がくずれた。
貴族や大寺社は、私有民をつかって開墾をすすめ、私有地を増やしていったが、こうしてうまれた私有地のことを荘園という。
やがて、この荘園を守るために、私有民に武装させることになるのだが、この武装した者たちが、その後力をつけ、いわゆる『武士』が誕生していくことになる。
その後、豊臣秀吉がおこなった『太閤検地』(1582年)によって、荘園は完全に消滅し、全国の土地は、武士が支配することとなるのであった…。
歴史的なできごと・・・墾田永年私財法の制定
起こった年号・・・743年
年号の覚え方
その1…永久に制限 なしさ 墾田の私有 )
その2…名より身 をとる 墾田永年私財法






